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とんでもございません [国語]

 先日知ったことだが、文化庁では「とんでもございません」という表現を容認しているらしい。
 そしてその理由は、多くの日本人が「とんでもございません」という表現を違和感なく用いているから、ということだという。
 なんという無責任な判断だろう。「みっともない」を「みっともございません」と言ったり、「もったいない」を「もったいございません」というような誤用だと広く知らしめればいいというだけのことではないか。皆が使っているから良いことにしましょうと世間の趨勢をそのまま認めるのでは、言葉はますます崩れていくばかりである。
 自分は、これが間違った表現だと知ってからは使わなくなったし、使っているのを聞く度に、ああ間違っているなと気になっている。どうして間違っているなら間違っていると国は「教育」をしないのか。間違っていることを間違っていると指摘するだけでいいのだ。それでも誤用が広まるのなら、その時点で言葉の変化だと認めればいい。
 ら抜き言葉でもそうだった。これに関しては、若くもないがそんなに年寄りでもない自分は、はじめからとてつもなく違和感を覚えていた。「ら」という言葉をひとつ加えるだけでいいものを、容認されたせいかどうかは知らないが野放図に広がっている感がある。間違ってますから気をつけましょうと強制的でなくともちょっとしたキャンペーンでもやれば、少しは表現を気にする人も増えたと思えるのだが。
 さ入れ表現は文化庁的にどうなのかは知らないが、これも今のところ野放図だ。間違いだと指摘されないから間違った表現が再生産され続けているのだろう。
 言葉はもちろん時代とともに変化する。誤用が一般化した例はいくらでもある。しかし多様な変化の要因がある現代では、ある程度は言葉の保持という努力が必要ではないか。そうした上での変化なら仕方ないが、保持の努力を放棄した中での変化は、単なる堕落である。
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