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核武装についての議論 [政治]

 日本の核武装について「議論があってもいい」という中川政調会長の発言に、長崎市の伊藤市長が「被爆地の市長として」看過できないと反応したらしい。
 議論そのものを許さないとは、愚かにもほどがある。核武装に向けての議論というなら許さないという反撥もわかるが、方向性が限定されているわけでもなく、しかも「あってもいい」という程度の発言に、何を過剰反応しているのか。議論した結果、非核三原則の重要性を再確認するということも充分に有り得るのだ。
 議論そのものを許さないというのはむしろ危険な反応とも思える。状況分析とか現実的対応の欠如であり、独裁的な反応である。これは、被爆地の人間だ、被爆者だといったこととは何の関係もない。むしろ、それだからこそ、客観的な判断ができていないように見える。
 敢えて書くが、私は被爆二世である。


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