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フェイクのフェイク [社会]

 なぜか、ネットでもあまり大きく取り上げられなかったような気がすることについて、今さら感もあるのだが覚え書きとしての意味も込めて書いておく。
 ここ数年何かと話題となる流行語大賞の件である。今年の流行語のひとつに選ばれた「フェイクニュース」について、発表会場における説明では、「インターネット上でフェイクニュースが蔓延している」といい、そして「自分に都合の悪い情報をフェイクと決めつける新しい使い方をアメリカ大統領が実践した」とも言っている。つまりフェイクニュースはネット上の問題で、なおかつテレビ新聞等のマスコミに対してのフェイクだという批判には正当性がないように解説しているわけである。
 これは流行語大賞のサイトにおける説明でも同様で、「ネット上でいかにもニュース然として流布される嘘やでっち上げ」と、ネット限定の現象であるかのように書かれている。
 テレビ新聞等のマスコミにおいて出鱈目および偏向した報道が数多くなされていることは、もはや改めて指摘するまでもないほど、うんざりするほどの事例があり、しかもますますエスカレートしているようにさえ思われる。流行語大賞は毎年マスコミで大きく取り上げられる風物詩となっているため、そんなマスコミと一体化した組織がマスコミを批判しないよう忖度し、偏った解説を垂れ流しているのだろうが、問題は、その流行語大賞を選定しているのが自由国民社やユーキャンという出版や教育に関わっている組織ということにもある。
 マスコミ人に知性を要求するのは、もはや無理と諦めるしかない。しかし出版や教育の主体となる知識人に公正な認識力や倫理観がなくては致命的だろう。もちろん大学教授の肩書きを持っていても異様に偏った思想や世界観を持つ研究者はいたりするが、単純な言葉の定義の段階で狂っていては、もう本当に致命的と言わざるを得ない。
 世にいう知識人やマスコミ人たちの中に、戦前戦時中の政府による言論統制を批判的に見ない人はおそらくほとんどいないだろう。今や自分たちがそのおぞましい言論統制をしていることに気づいている人は、果たしてどれくらいいるのだろうか。

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調味料隠蔽事案 [雑感]

 以前にもここに書いたことだが、油断していたら再び見舞われてしまった。
 弁当附属調味料隠蔽事案である。
 かつてよく利用していたスーパーの弁当は、なぜか、惣菜の下に醤油やソースの小袋を隠すように入れていた。食べている途中での小袋の発見は、落胆と苛立ちの混ざった不快な感情を引き起こす。いったん電子レンジで熱々となった醤油はおそらく保存が効かないだろうから、捨てざるを得ず、そのこともまた不快を増長させる。
 たとえ食事前に、または温める前に小袋の存在に気づいて取り出しても、惣菜の汁や油にまみれた袋は洗わないといけない。食事を前にして面倒なことこの上ない。
 現在よく利用しているスーパーの弁当は、調味料が必要ないか、もしくは必要な場合は弁当ケースの外側にテープで留められているため、上記のような手間や不快感とは無縁だった。ところが先日買った弁当には外側に調味料が付いておらず、温めた後、自前の醤油を垂らして大きな春巻きを箸でつまみ上げたところ、まさかの醤油の小袋が下から顔を出した。
 裏切られた気分である。
 もはや気を使うこともなく安心し安定した関係を築いているものと思っていた矢先、唐突に別れ話を切り出されたかのように、甘い錯覚に対する無慈悲な現実が突き付けられた。
 真面目な話、惣菜の下に調味料を隠すことに何らかの合理的な意味があるのなら、教えて貰いたい。ないのなら、単に購入者の利便性を考慮していないということだが、ケースの外側にテープ付けする配慮が見られただけに、配慮が徹底されていないのか、テープ経費削減に因るのか、それとも弁当の種類によって異なる事情が存在するのか、気になって仕方がない。

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フェイクの本道 [雑感]

 もはや驚きはしないが、テレビとは何だろうなと改めて呆れたこと。
 先日、三島由紀夫について取り上げる番組があったので観てみた。バラエティだから期待していなかったが、現実に存在し、かつ現在も存在している人物も取り上げるわけだから、そんなに酷いことはないだろうと思っていたら、やっぱり酷かった。
 視聴者を繋ぎ止めるための、嘘ではないがほとんど嘘と言ってもいい煽り文句の繰り返しだったのである。次にそれらを列挙してみよう。

「瑤子さんの意外な行動を初激白」「傷を負わされた自衛官が語る衝撃の事実」
 三島が立て籠もった際に一人の自衛官を負傷させてしまったのだが、事件後、その自衛官のもとに三島夫人が訪ねてきたときのことである。「意外な」とか「衝撃の」とかいうから、とてつもなく非常識な行動を取ったか、あるいは密かに生前の三島から何かを託されたか、などと想像するも、なんのことはない、主人がご迷惑をおかけしましたと謝罪した、というだけだった。
 謝罪が「意外」で「衝撃」とは、いったいどういう理屈なのか。

「事件直前、妻と交わした驚きの会話!」
 外出していた夫人が自宅に電話して、三島に「今日は遅くなりそう」と伝え、それを聞いた三島は「ああ、そうか」と返事した。
 ただそれだけのことである。こういう状況で急に三島が事件にまつわることを語り出したというのなら多少は驚きだが、そんなこともなく、何が「驚き」なのか、さっぱりわからない。

「三島が語る衝撃の未来とは?」
 今年発見された三島の未公開インタビューの中から、「衝撃の未来」を語っている部分をテレビ初公開するという。三島は生前に、日本は経済的に豊かになるが中身のない空っぽの国になってしまうだろうと語るなど、この国の未来を見据え、それゆえにああいう行動をとったわけで、三島の語る未来と言えば国に関することと思える。しかも上記のテロップを出している間、「人が喜ぶようなこと言いたくない」という三島の言葉をかぶせ、あたかも悲観的な未来を語っているような印象にしている。
 しかし実際に語っていたのは、三島さんが70歳まで生きていたらどんな感じになりますかね、との問いに、「いじわるな嫌なじいさんになる。今でもその兆候は出ている。人が喜ぶようなこと言いたくない。嫌なことを言って暮らしたい」という軽口に過ぎなかった。
 これがテレビ屋(TBS)の言うところの「衝撃の未来」らしい。

 さて、上記のような外側と中身に著しい違いのある映像は、YouTubeにいくらでも見ることができる。衆目を集めるタイトルやサムネイルで視聴回数を稼ぐわけだ。そしてテレビも以前からこのような手法で視聴率を稼いでいる。ネットにはフェイクニュースが溢れている、とテレビや新聞において批判的な指摘がよくなされるが、今さら言うまでもなく、偽物、まやかし、嘘の発信はマスコミが本家本元で、なおかつ是正されることなく現在進行形である。

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力士と異文化 [社会]

 数年前、取組に物言いが付いたことに対し、自分が勝っていたのは「子供でもわかること」だと言い放って審判部を侮辱して以来、白鵬を横綱としては軽蔑している。相撲取りとしては強いから、その点には敬意をはらうとしても、横綱としては軽蔑する。
 まあ、自信があってこその怒りにまかせて口が滑ったのだろうが、横綱という立場なのだからそんな斟酌をする必要はない。ましてや人種や文化の違いなどを斟酌する必要もなく、あくまでも横綱としては失格という判断を下さざるを得ないのである。しかもそれについての謝罪もテレビのバラエティ番組において行うという、ちょっと異常な行動で、そんな反省の言葉を信じるのは無理だろう。
 だから今回、また白鵬が自身の取組について問題を起こしたことには、まったく驚かない。横綱失格の人物が横綱失格の行動を取ったというだけで、やっぱりそういうことだよなと再認識しただけだ。
 ただ、より責められるべきは、そんな似非横綱に強く出ることのできない相撲協会の方である。数年前のあのときに注意と、お騒がせして申し訳ないといった感じの曖昧な謝罪めいたものだけで済ませているから、本人の中身は何にも変わっていない。日馬富士の問題にしても無能無策ぶりが目立つ。
 今の世の中、土俵の上では国籍も人種もないと考えるべきなのだろう。しかし土俵を降りたところに外国人同士の派閥を形成し、その中で陰湿な事件を起こしてしまうのでは、結局、国籍も人種もあることをモンゴル人力士らが示している。白鵬は人種差別を受けているといった思いを持っているそうだが、自分の判断に異を唱える日本人の心情に差別を感じているのなら、もはや何をか言わんやである。
 子供でもわかる発言はとんでもない暴言と思ったが、世間的にはあまり白鵬に対するバッシング等はなかったように記憶している。テレビ番組内での謝罪だけが浮いていた印象で、少なくとも暴言によって白鵬の人気が急落したようにも見えない。今回も、日馬富士というより貴乃花親方の話題に掻き消され、注意と反省の弁のみで忘れ去られるのだろう。世間やマスコミは相手が外国出身ということを斟酌しているのだと思われるのだが、これら一連の問題は相撲協会の体質だけでなく、異人種、異文化の存在に抜き差しならず内包されるやっかいな問題なのである。

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残念な役回り [雑感]

 「シン・ゴジラ」を観た。リアルな描写が売りと言うことで、確かにその点は良かったと思うのだが、一方でそれ故にドラマ性の陳腐感が際立ってしまったことを残念に感じた。
 陳腐というのは、石原さとみの演じる人物についてだ。演技が駄目ということではない。むしろ素晴らしかった。問題はああいう役柄の人物が、ドラマ・漫画・アニメ等ではありきたりのキャラで、観ていてこちらが赤面してしまうくらいのステレオタイプのキャラだったことである。
 他にもそういう役柄や台詞はあったが、とりわけ紋切り型のキャラとして突出していたのがあの人物であって、ドラマを展開させるには必要だったとしても、もう少し現実的な人物に描いた方が良かったのではなかろうか。
 石原さとみの映画といえば、もうひとつ残念なものを思い出す。「貞子3D」である。これも演技は素晴らしかったが、ギャグめいた演出がせっかくのホラー感を台無しにしていた。石原さとみの熱演が実にもったいないとがっかりしたものだ。
 ついでにもうひとつ、石原さとみといえば公式な映画デビュー作品も思い出す。筒井康隆の原作だ。某新宗教団体を茶化した小説やエッセイがいくつもあり、その筋の人たちからは嫌われている作家の筈である。新人の頃ならともかく、今なら出ないのだろうな。

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容疑者ドラえもん [社会]

スネ夫「僕の高級どら焼きを食べたのはドラえもんに違いない」
のび太「ドラえもんはそんなことしないよ」
ジャイ「いや、ドラえもんならやりかねないぞ」
のび太「馬鹿なこと言わないでよ」
スネ夫「じゃあ、やってないという証拠を見せろよ!」
ジャイ「そうだそうだ、見せて見ろ!」
のび太「そんな無茶な…」

 注意深く観ていたわけではないので正確ではなく、最後まで観てもいないので結局はドラえもんが犯人だったのかもしれないが、こんな場面をたまたま目にした。
 こんなアニメみたいな追求を現実に、恥じるとか後悔することもなく延々と何ヶ月も継続して、しかもまだ続けていくと表明している野党政治家とかマスコミ関係者とか自称知識人とかがいるらしい。
 税金や公共の電波や媒体などを使っての身を削ったギャグのつもりでもなく、いたって本気らしいのだが、自分たちがマンガ的な言動を演じていることには気づいていないのだろう。たぶん。
 こういうときにいつも思い起こすのは、水商売の人間は宗教と政治と野球の話題を客とするのを避ける、ということだ。自分の信じているものや好きなものに対して、人は客観的でいられないのである。お酒の場では羽目を外して口論になったりしてしまうからタブーとされるのだが、彼らはそんな特殊な席に常在しているわけではなく、特にマスコミ関係者は自身の好みや思想に関わらず客観性を保持して発言しなければならないにもかかわらず、未来の便利な道具がないのをよいことに子供向けのアニメのキャラと変わらないような理不尽で非理性的な発言ばかり垂れ流されるという、馬鹿らしさ。

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サザエさん批判記事 [雑感]

 アンパンマンに対しての不快感を二ヶ月ほど前に書いたが、先日、サザエさんに対して批判的なブログ記事が話題になっていたので読んでみた。常見陽平氏という労働社会学が専門の評論家による記事で、以下にカギ括弧内の引用は同氏のブログによる。
 アニメへの批判として似たようなものだ、と人の眼には映るのだろうが、自分としてはまったく違うとしか言いようがない。その違いについて、というより、かの記事の異様さについて述べてみる。
 不快感を表明していることそのものは同じである。しかしこちらの不快は、そこはかとなく醸し出される不安定な世界観(子供向けの絵でありながら安心感を得られにくいことなどを含む)の伝播が中心で、それはおそらく大人の目だからであり、子供は背後の不安定さなど気にも留めないことだろう。
 しかし、かの記事の批判はそんなものではない。最初にちょっと筋違いだろうと思える点を挙げておくと、「会社や学校に行きたくなくさせるあの破壊力はいかがなものか」というのは、単に曜日と時間帯の問題に過ぎないもので、「ファッションセンスもいまいち」というのも、あの絵柄へ寄せるべき批判点ではなかろう。では批判の核心は何かというと、「家族の枠組みが変わりつつある中、昭和の憧憬時代劇を流されても困る」というものである。
 ただしこれにしても、一見したところいったい何が困るのかさっぱりわからない。「昭和ノスタルジー時代劇に終止符を!」という表現も使っているのだが、そういったものが嫌いだというのはわかるとしても、そんなアニメが放映されることに何が「困る」のというのか。
 しかも、困るどころではないらしい。「SMAPも解散、安室も引退、平成も終わろうとしているのに、あの番組が続いてしまうことに、常に怒りを感じていた」とまで言っている。サザエさんが存続していることに対して「常に」感じている「怒り」は何かというと、どうやら「自立していない、甘えた人材だらけのアニメのどこが優れているのか、問い糾したい」という怒りらしい。
 サザエさんが主人公であるからには、この人はおそらく、家庭の主婦を「自立していない、甘えた人材」と見なしているのだろう。ノリスケは適当な性格のようだが自立していないわけではなく、他には大人で該当する人物は思いつかない。サザエ、フネ、タイコ、といった主婦の存在が時代遅れであるゆえに、嫌いで、問い糾したく、怒りを感じ、困る、というのである。まさか、カツオやワカメ、タラちゃんや中島君といった子供たちを自立していない甘えた人材と糾弾しているわけではないはずだ。
 まあ、注目を集めようとしてわざと激しい言葉を使っているということではあるのだろう。こちらがアンパンマンについて書いたものも多分にその傾向はある。しかし、社会はこうあるべきという理想を、その中身の是非については今はともかくとして、持っていることはわかるが、極端な表明には多少の異様さすら感じられて何だかなあと苦笑や失笑をせざるを得ないものだ。

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希望を騙る党 [政治]

 希望を騙る党は、これでもかと言わんばかりに失敗するための要素のことごとくを獲得していくという、実に面白い興亡劇を見せてくれた。
1.自民都議に対する反感による当選を自分の実力と誤解。これがすべての始まり。
2.都知事としてたいした実績もないのに国政に食指を動かし、都民の反感を買う。
3.素人ばかり集めた政治団体ですぐに国政に打って出て、真面目な有権者の顰蹙を買う。
4.民進党の議員と合流することで、反民進派や保守派の支持を失う。
5.民進党の左派を切り捨てることで、左派やマスコミから反発を受ける。
6.出馬しないことで女性総理誕生を妄想していた支持者が離れる。
7.選挙戦になってモリカケで首相を批判し、テレビに毒されない層から呆れられる。
8.花粉症をゼロにすると公約に掲げ、失笑を誘う。

 もっとじっくり腰を据えて機を窺い、タイミングさえ合えばもう少し何とかなったのかもしれない。都知事選やその後の都議選における成功は王蟲を薙ぎ払ったときの巨神兵のようなもので、一時の歓喜に包まれたが、あっという間に腐って崩れ落ちてしまった。

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悪の枢軸 [政治]

 政治家の問題発言には、わからないで発言しているのなら間抜け、わかっていて発言しているのなら詐欺、というものが多い。
 だからこのような発言の不適正が指摘されても、間抜けか詐欺かのどちらかであったかを説明するのもみっともないから、結局は無視してなかったことにする。しかし今はネットにいつまでも記録が残る。発覚したらすぐに自身の不明を詫びれば多少は傷も浅くて済むかもしれないが、判断を誤るとしばらくは嘲笑のネタとされる。
 民進党議員たちによる一連の右往左往に関連しての発言や、希望を騙る党の代表が社会背景等を無視して「GDP成長率は民主党政権の方が高い」と現政権を貶めた発言などが最近ではそうだ。なお「排除」発言については政党という集団の性格からして何の問題もない。問題視しているのは排除される側の思想に肩を持つ連中による誘導ではなかろうか。
 マスコミでも同様のことがいえる。しかし、菅や鳩山がネタを豊富に提供しすぎて政治的影響力をほぼ消失させたり、蓮舫が代表辞任したり、民主党や民進党への支持が落ち込んだりすることに対し、マスコミへの批判は高まっても、いまだ影響力は消えない。それどころか政党ロンダリングの混乱に乗じて、左派に著しく傾斜した思想もしくは無能ゆえに孤立しただけの一味を持ち上げ、排除発言を問題視し、消えかかった悪名高き民主党の命脈を保たせてしまった。
 憎まれっ子世に憚るということか。いや、自民党が圧勝しようとしているとはいえ、こんな諺ひとつに置き換えられるほど安穏とした話ではない。

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同性愛差別 [社会]

 某芸人のホモキャラ問題はすぐに鎮静化するような下らない話かと思ったら、まだぐだぐだと謝罪やら話し合いやらが続いているらしいので、これに関連した、どうしても以前から解せないと感じていることなどについて書いておく。
 あのキャラは差別的だとは思っていないが、それとは別に、性的マイナリティへの差別をなくすことは良いことだろう。しかし、肝心の同性愛者たちにも問題があることは否定できないのではないか。
 というのは、男の同性愛者が好みの人物の体をべたべたと触ったり、無理矢理にキスをしたりすることはあまり珍しくないことだからだ。私自身も高校生の時に軽く品定めらしきことをされたことがある。人気の無い場所で上級生からしばらく腕や肩や胸元を撫でられ、その間に上級生の男はうれしそうな顔をしていたが、結局はお気に召さなかったらしく大事になる前に解放された。この程度のことで済むなら何でもない話だとはいえ、もう少し不快な目に合わされても、たいていは我慢せざるを得ない。
 しかし男が女性にそういう行為を働けば普通にセクハラであり性的犯罪なのだから、上記のような場合の性的嗜好は男女間の関係とは異なる関係におけるそれであって、決して「普通」ではないのである。
 そしてまた、そのような行為を悪びれることなく行っている同性愛者は、もちろん全員がそうだとはいわないが、自身の立場や性癖に甘えているに過ぎない。その甘えは、世間体を考えて警察沙汰にすることはないと高をくくって女性に手を出す性犯罪者と、何ら変わりないものだ。
 過去に少年をレイプしていたという某若手元俳優がひところ話題になっていた。しかしこれが少女を、という話だったら、もっと非難囂々だったろうし、それ以前に発覚した時点で通報されている。
 また同性愛者の芸能人が、他人に対してハゲとかブスとかデブとか罵っている光景はテレビでいくらでも目にする。それは良くて、同性愛者を罵っているわけでもなくキャラを演じるだけのことを駄目だと糾弾するというのは、まったく理に合わない。
 今回の騒動は、差別どころか物真似すら許されないアンタッチャブルな存在に同性愛者を位置づけることになるわけで、それこそ忌まわしき差別に他ならないのではなかろうか。

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